★ 少女と忍者と、その襲撃者たち ★
<オープニング>

「ちょ……すみません、大丈夫ですか?」
 学校帰りの女子高校生”加来れみの”が声をかけたのは――上椀から血を流して倒れている忍者らしき男だった。
 黒の忍び装束と思われる衣服を纏い、長い髪を高く結い上げた細面の男は灰色のブロック塀を背にしてぐったりとしている。
 不思議な魔法が銀幕市にかかってから、はや数ヵ月……ムービースターたちの闊歩する今日、いまさら魔法少女や異星人、ましてや忍者を見たところで驚きはしない――しかし、さすがに手負いで倒れているところに遭遇するのは初めてだった。
「この辺で一番近い病院って、どこだったかしら――」
 しゃがみこんだ格好のままで思わず口に出してしまっていた少女の自問が聞こえたのか、忍者の頭がわずかに動き低い声が苦しげにつぶやいた。
「……ここは……」
「意識あるんですね! よかったぁ」
 れみのはひとまず安堵した。
 弱く小さな息をつきながら傷口を手のひらで押さえ、忍者は閉じていた瞳を薄く開く。
「……貴殿は?」
「私のことなんかより、ほらっ、はやく血を止めないと」
 通学鞄からハンカチを取り出そうとするれみの。しかし、男はふいにギクリと切れ長の目を見開き、早口に言い切った。
「親切な御方、すぐにこの場を離れられよ!」
 切羽詰まった男の警告に開いた鞄から視線をあげた彼女が目にしたのは、
「え……?」
 手負いの男と自分とを取り囲む、数十人の黒装束の忍者たちで――。



 長い睫毛をふるわせ、そっと瞼を開いたリオネは呟いた。
「……たいへん。このひとたち、このまま放ってたら――」
 まるで白昼夢のような、突然に頭の中へと飛び込んで来た予見。実際に起こるのは――きっちり1週間後の、この時間。
 助けが必要だ――リオネは植村直紀に知らせるべく、早足に歩き出した。

種別名シナリオ 管理番号55
クリエイター平岡アキコ(wbpp2876)
クリエイターコメントこんにちは、平岡です。
ケガをしている忍者の青年と、女子高生のれみのを『悪の忍者軍団』の襲撃から助けてあげてください。
・青年は『然る高貴な身分の若君の密偵』、れみのは『バッキーも持たない上に戦う能力もない女の子』です。
・『悪の忍者軍団』が忍者青年を狙っている理由は彼が仕えている若君を抹殺しようとしている流れです。
・『悪の忍者軍団』のほとんどが斬られ役の雑魚キャラですが、ボス格は3人……ひとりは鎖鎌を使い、ひとりは火遁の術を、そしてラスボスは『敵のトラウマにつけいり、幻をみせる』という卑怯な術を使います。
・PC様のトラウマ、苦手なもの、嫌いなもの等を差支えのない程度におひとつ書き添えていただければ幸いです。

ご参加、お待ちしております♪

参加者
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
ロス(cmwn2065) ムービースター 男 22歳 不死身のファイター
<ノベル>

 加来れみのは背中から一気に温度が失われていくのを感じていた。
 テレビの時代劇でなにげなく目にしている光景が自分の身に起こることがこんなにも笑えないことになるとは思ってもみなかった。
 真っ黒な忍者集団たちはじりじりと間合いを詰めてくる。ぐるりと囲まれ、すでに逃げ道はない。
 背後では、この連中のターゲットになっているのであろう手負いの忍者がふらつきながらも立ち上がり訴える。
「この娘は無関係――逃がしてやってほしい」
 忍者集団の中から、ひとりの男が前に出てくる。上衣や頭を覆うような頭巾が他の忍者たちよりもごてごてと装飾のようなものがついているところを見ると、どうやら彼が頭らしい。
「片腹痛いわ、徳川のイヌが!」
 馬鹿でかい声で一蹴する。
 徳川……ということはこの怪我してる忍者青年は将軍家の忍だとかそういう設定? ――つい、とぼしい知識に頭が逃げてしまう、あまりの状況にまきこまれてしまった女子高校生である。
 視線をちらりとれみのに向けた頭領が言った。
「娘、ここで会ったが運の尽き――顔を見られたからには、生かしてはおけぬ」
 白昼堂々現われておいて『顔をみられたから』って!
 腹の中ではつっこんでも、口に出せるような空気ではない。何しろ、忍者たちはめいめい確実にヒトを殺せる凶器を手にしているのだ。
 襲われている側の忍者も例外ではない。背にした壁に片手をつきながらも、もう片方を後ろ手にクナイを構えている。
 おひさま輝く空の下、『忍』のくせにやらたに自己主張の激しい頭領がやはり大声で命じた。
「かかれぃ!!」
 忍者は歯噛みし腰をおとしてクナイを構え必死に備える。
 れみのは蒼白になりつつも忍者をかばおうと通学カバンを胸の前に構えた。
 白刃が目前まで迫る――!!
 そう思ったときであった。
 ふわり、と黒い影が危機迫るふたりの目前に降ってきて――すらりとした長い足が目にも留まらぬスピードで空を切り、襲い来る忍者のひとりが吹き飛んだ。
 黒い人影――目が覚めるほど綺麗な顔立ちをした男が金髪を揺らして振り返り、チッと舌打つ。
「銃を使うと護衛対象そのものを巻き込んでしまうかもな……残念だが大人しく白兵戦をするとしよう」
 彼はなにやら、ひとりごちて大量な忍者軍団に向き直った。端正な口元に酷薄な笑みを浮かべ、言う。
「雑魚がどれだけ集まろうとも俺の敵ではないな。精々愉しませてくれ」
 突然の加勢に驚き、一瞬動きの止まる忍者たちに構わず長身の救世主は手近な相手との間合いを詰めたかと思うと前触れもなく右足がとんだ。
 ドカッ!!
 コンクリートの地面を景気よく数十メートルはすべり、壁に激突してようやく止まる、哀れな忍者A(仮)。
「やるではないか、キサマ!!」
 忍者軍団の中のひとりが声を上げた。
 次いで、ひょうっと唸りをあげて鉄の鎖が美貌の男の脇をかすめる。
 標的にされたというのに男は慌てる様子もない。
「ふん、大した度胸だ。拙者は『鎖鎌の仁蔵』なり。キサマ、バテレンか」
「宣教師? 俺がか?」
 あざけるように鼻で笑って、彼は短く名乗った。
「シャノン・ヴォルムス。狩人だ」

 ――なんなの、あの人!!
 あの人間離れした動き――ムービースターであろうとは思われるが、こんなにもタイミングよく現れたのはどういうことだろう。
 はっきりとしているのは、彼がとんでもないイケメンだということだけだ。
 ぽーっと呆けるれみのの背中に忍者青年による警告がぶつかる。
「うしろ――!」
 ぎくりとして振り向けば、目前まで炎が迫っているではないか!
 避けることもできず、ただ見ているしかないれみの――突然、視界が陽炎のように揺れ――炎の壁が立ちはだかる。
 ゆらりと揺れる紅い炎は少女を襲った炎を吸い取り、やがて火力を弱めていく。中から現れたのは、ひとりの青年だった。
「あなたは――?」
「……ロス」
 炎に照らされ輝く髪は銀――わずかにこちらを見ただけの瞳は淡やかな灰色。
 この青年もまた、びっくりするほどに整った顔立ちの美男子だった。
 術を放った襲撃者たる忍者のひとりが、言った。 
「面妖な男――おぬし、火では死なんのか」
 答えず、ロスと名乗った彼はじっと見かえすだけだ。
「面白い……私の名は『炎の嘉平』。いざ、参る!!」
 言うなり、火を操る忍者は素早く印を結ぶ。
 ヒューマノイドを名乗る炎をまとった青年は、わずかに灰の瞳を細めた。



「一体――」
 驚くべき能力を持つものたちに助けられ、状況を把握しきれない手負いの忍者は、ハッと気がつく。身を低くし忍び寄ってきていた新手の敵が、すぐ間近で刀を下から振りかぶっていることを。
 とっさにクナイを構える――と。
 パシャリ。
 雨でもないのに頭上から液体がふってきた。
 え? とふたりが同時に見上げると、コンクリートの塀の上に人形のように愛らしい娘が座ってこちらを見下ろしている。印象的な赤い髪、そして今まで目にしたことがない金色の瞳が小さく笑う。
「いけませんわよ。けが人やか弱い乙女にそんな物騒なものを振りかざすなんて」
 上品に告げる彼女の肩にはちんまりとカエルがのっているではないか。頭の上にのせた王冠がキュートなそのカエルにはなんと背中に小さな羽根が生えている。
 ――面妖な。
「ぎゃああ!?」
 突然上げられた悲鳴に、カエルに気を取られていた手負いの彼は我に返って敵の方に向き直れば信じられないことに刀がどろりと溶けているではないか。
 それを見ていた他の忍者軍団たちがあきらかにたじろいだ。
「な、なんだあの娘はっ! 妖術使いか!?」
「まあ、『妖術』だなんて心外ですわね。わたくしは旅の薬師」
「薬師、どの?」
「ファーマとお呼びになって、ニンジャさま」
 にっこりほほえむ、魔法薬師のファーマ・シスト。
 得体の知れない娘に臆した忍者たちは互いの顔を見合わせ、そして懐から飛び道具を取り出した。近寄っては危険、と判断したのだろう。
「まあ、賢明で卑劣だこと」
 さりげなく侮蔑するファーマに、標的にされた忍者とれみのは蒼白になる。
「あぶなーーい!!」
 頭上から叫び声が聞こえたかと思うと、今度は液体ではなく、人間がふってきた。
 投げられたクナイや焙烙火矢(手榴弾)や手裏剣――それらを一身に受ける。
 どっかーーーん!!!
 着地と同時、爆破音と共にその人物は景気よく3メートルは吹き飛んだ。垂直方向に。
 ぼとりと再び着地……というより、落下してきた彼はうつぶせに倒れる。
 見守る一同(襲撃者含め)は言葉もない。例外的に、
「Pさまったら、ハリキリ屋さんですわねー」
 ファーマだけが「ほほほ」と優雅に手の甲を口元にあてている。
 我に返り、助け起こしたのはれみのだ。
「ちょ、えええ!? だ、だいじょうぶですかっ?」
 呼びかけに、普通の人間であればとうに命のないような目にあったばかりの『Pさま』はむくりと上体を起こしてビシリと親指を立ててみせる。
「なれてるので☆」
「はあ……」と複雑な表情でれみの。
 どういう『なれ』だ?
 全く理解できないが、この状況であるし、何より彼は自分たちを助けてくれたのだ。とりあえず納得するしかない。
 信じられない、とすずしい目元を驚愕に見開いて、手負いの忍者はつぶやいた。
「あれだけの飛び道具を受けて……」
 なぜ爆破?
 この救世主が死ななかったことよりも、そちらを疑問に思ってしまう彼は良くも悪くも常識人であった。普段から、非常識な術を使う忍者たちを目の当たりにしているくせに。
「あれくらい、なんともありませんよ。ハットリさん、レミさん、僕はあなたがたを死んでも死守します」
 白い歯をきらりと見せてPさまは爽やかに言い切った。
 この際、文法が間違っているとかどうとかは関係ないのである。たとえトレードマークの80年代アメリカンなトラッドスタイルが爆発コントばりに真っ黒になっていても、髪の毛がアフロになっていても、メガネがナナメ30度ズレていたとしてもだ。
 再び驚き顔になったジャパニーズニンジャがクラスメイトPにたずねた。
「『ハットリさん』……貴殿はどうして私の名をご存知なのですか」
「……はい?」
「私の名は、服部兵馬と申します」
「……」
 もちろん、知る由もない。
 この日本で5本の指におさまるほど有名な忍者の名をてきとーに言ってみただけなのだ。
 今度は、加来れみのが信じられない、という口調で言った。
「『レミさん』って……まさか、わたしが名前をコンプレックスに思っていること知ってて?」
「……えぇ?」
「友達には言ってるんです。『れみの』じゃなくて、『レミ』って呼んでほしいって」
「……」
 もちろん、知る由もない。
 ただ単に、『れみの』という名前は発音がしにくかっただけなのだ。
「なんと……ここは私のいた場所と違うようには思っていたが……とんでもない場所に来てしまったようですね」
 本気で驚嘆している、服部兵馬。
「ムービースターって、超すごいんですね!! Pさま!」
 瞳を輝かせて、加来れみの。
「まあまあ、モテモテですのね、Pさま」
 にこにこと称える、ファーマ・シスト。
「Pさま? もてもて? この僕が!?」
 クラスメイトP――この春、大ブレイクの予感。
 どきどきと胸を高鳴らせるPの隣で、薬師の少女は自らの調薬カバンを開いて言った。
「戦いのことは殿方にお任せして――さあ、ニンジャさま。このファーマに傷をみせてくださいな」



「ノンキな連中だ」
 Pさまフィーバーを横目で見ながらぼやきつつも口元に笑みがみられるほど余裕あるシャノンは『鎖鎌の仁蔵』の距離をとった攻撃に応じつつも確実に大量の忍者たちを倒してゆく。
 ロスも目にしつつもしかしコメントはせず、『炎の嘉平』と同時に雑魚忍者を相手に立ち回る。
 住宅地なので、大きな炎を生むのは危険だ。時には小さく炎の弾を飛ばし、時に至近距離からの火炎で飲み込み、そして恐ろしいスピードで繰り出される体術で忍者たちは仕留められてゆく。

 次第に数を減らされていく部下たちに、忍者軍団の頭領は焦りを隠せない。
「うぬぅ……ヤツらは一体、何者なのだ!? かくなるうえは!」



「……あら、ミヒャエルさま。どうなさったの? 蛇に睨まれたカエルみたいなお顔ですわよ」
 服部兵馬の傷の手当を終えたファーマは、隣のカエルの異変に気がつき首をかしげた。
「ハエでもいまして? もしひとくちでも召し上がったら、わたくし一生口をききませんわよ」
 穏やかな口調とは裏腹に、けっこう黒い内容で言葉をかけるが、反応がない。
 ぷるぷると小刻みに震え、あらぬ方向を凝視している。
 ミヒャエル王子の目には、ここにはいない――しかし、たしかに恐るべき天敵の姿が見えていた。ぐるりととぐろを巻き、ぺろりと先の割れた舌を大きな口に出し入れしている、細くてながーい、アレの姿が。
「どうしたの、ファーマちゃ……」
 声をかけるれみの――が、彼女もミヒャエル王子同様、急にぴたりと動きを止め、何もないはずの空中を凝視し、息を飲んだ。
「こっ、今月はもう返済したじゃないですか!!」
 ――今月? 返済?
 首を捻ってファーマはれみのの背中を優しく叩く。
「レミさま?」
 背後で今度は、しくしくと泣き声が聞こえて薬師は振り返った。
 そこには、何故か膝を抱えて涙を流すクラスメイトPの姿が。
 多勢に無勢の中、押していたシャノンとロスまでも、どういうわけか動きが鈍っているではないか。
「みなさま、どうなさったのです――?」
「これは……幻術です」
 服部兵馬はファーマに言った。苦しげな表情をしつつも、彼は正気なようだ。
「『幻術の一貫斎』」
「いっかんさい――あの、声の大きなおっさんですわね」
「おっさ……そ、そうです。ヤツは、人間の深層意識から負の記憶を呼び覚ます術を使うのです」



 道の向こうにたくさんの人がいるように見えて、クラスメイトPはメガネ越しに目を凝らした。
 はっきりととらえた彼らは、カフェや依頼で出会ってきた多くの友人たちであった。
「あれ――皆さんも、この依頼を受けて来たんですか?」
 不思議に思い声をかけるが、誰ひとりとして目を合わせてくれない。
 あれ、なにコレ。
 ヤケにリアルな反応なんですけど。
 しかし彼はめげずに気を取り直し、特に仲が良い○○(オトナの事情により名前は伏字でお送りいたします)の肩を叩いて笑いかける。
「○○さんも、シノビ軍団を見に――」
 ○○の目が、警戒にきゅっと細められる。
「……誰、きみ?」
 あれ、なにコレ。
 拭っても拭っても、頬を涙が伝っていくよ?
 苦しくったって、悲しくったって、爆破されたって、跳ね飛ばされたって、銀幕市では平気だと思っていたのに――だけど、涙がでちゃう。だって、僕……ムービースターだもん。



「まあ、たいへん。それではみなさん、悪夢を見て苦しんでおられるのね……ニンジャさまは平気でして?」
「なんとか」
 日頃の対忍者戦での鍛錬の賜物であるのだが、しかし、防衛手段がないはずのファーマであるのに、どういうわけか彼女には術が利いていないようだ。
「あらやだ、わたくし仲間はずれですわー」
 どこまでも、穏やかな口調でズレたコメントをする可憐な薬師は寂しげにため息をついた。
 脱力しかけた服部は、防ぎきれなかった幻術の余波にくらくらとする頭をふって一貫斎を倒すべく一歩を踏み出すが――。
「お待ちになって、ニンジャさま。ここはわたくしに」
「女性を危険な目に会わせるわけには――」
「今動けば、あなたさまのほうが危険ですわ」
「ファーマどのにいただいた薬のおかげで、私はもう大丈夫です」
 しかし、人形のように愛らしい娘は、愛らしく小首をかしげて笑顔で宣告した。
「確かに……調合に失敗していなければ、『大丈夫』なのですけれど」
 びしりと動きを止めた兵馬の脇をするりと通り抜け、神秘的な金色の瞳をすっと細めて彼女は幻覚の発生源を見やる。
「相手が卑劣な方々で丁度よかったですわ」



 ――大方の雑魚は、しとめた。
 激しい立ち回りにも関わらず、彼の息は大して乱れていない。
 あとは、うっとおしく付きまとう鎖野郎を――意識をターゲットに絞りかけた、そのとき背後で誰かの気配がして、
(まだ、湧いて出てきやがるのか)
 勢いよく振り返ったシャノンは、動きをピタリと止めた。
 いるはずのない、人物の姿――彼女は背を向け、立っていた。
 驚愕に、緑色の目を見開く。
 ありえない。
 彼の無意識が胸にかけられた鎖を手繰り寄せ、十字架を握り締めた。
 遠い記憶。

 ――リィナ。

 彼女が、振り返る。過去と違わぬあのままの姿で。



 スラリとした足が繰り出す蹴り――足元には大量の忍者が倒れている。
 生み出した炎を手の内に、
(これで、最後だ)
 ロスは炎を吹く男を標的に視線をさまよわせ、ふいに不思議な違和感を覚え眉をひそめた。
 足元に転がる忍者のひとりが自分を見上げた気がして――ロスは動きを止める。
 紅い血。生ぐさい臭い。
 鋭く脳内に轟く銃声。
 地面を埋め尽くすのは忍者たちなどではなく、あの日銃弾に倒れたはずの者たちだった。
「……っ!!」
 反射的に退いた足を強くつかまれ、彼は凍りついた。
 タスケテ、タスケテ、死ニタクナイ。
 喉までせりあがってくる悲鳴を必死に飲み込む。
 家族が、友人が、大切な人たちが。
 足首に絡み付いていた氷のように冷たい無数の手が、いつの間にか重たい鎖に変わっていた。
 貴方ダケ、”貴方ダケ”ガ、生キ残ッタ。
 ――こんな、身体で。
 気がつけば、背丈よりも高い巨大な姿見が彼の前に立ちはだかっている。
 人にあらざる冷たい色の銀の髪と灰の瞳。

 そう自分だけが、生き残った。

 ――こんな、姿で。



「どうだ、この一貫斎の幻術は!」
 自分たちの優勢に呵呵大笑する頭領は耳をつんざくような声で号令をかけた。
「今だっ! 仁蔵、嘉平、バケモノどもを殺れぃ!!」
 瞬間、一貫斎は背中に針で突き刺されたような痛みを感じた。
 ぎょっとして振り向けば、自らの背中に本当に針が2本、深々と突き立っていた。針は針でも、注射針である。
「妖術だとかバケモノだとか、無礼なおっさんですわね」
 見上げているのは、赤い髪をした娘――悪魔のようなホホエミを浮かべて、言った。
「わたくしの新薬の実験台になっていただけまして?」
 注射器の1本が血を吸い取り、もう1本に入った液体が押し出される。
「な――!?」
 一貫斎は抵抗する間もなく、彼女の『実験台』確定になってしまったのだ。



 ぐらり、と愛しい人の姿が陽炎のように揺らいだ。
 リィナ! 名を呼ぼうと息を吸い、口を開きかけて――シャノンは静かに瞳をふせた。
 違う。あれは、彼女ではない。
 この街であれば叶うかもしれないと望み……しかし、あれは違う。
 口の端をぐっと持ち上げ、彼は笑った。
 ――あいつは、もっといい女だ。
 動かないことをいいことに、仕掛けられた鎖鎌がうなりを上げて飛んでくる――が、いましめが解けた彼はいともたやすくそれを避け、怒りに任せて高速で飛ぶ鎖をぎりりと引っつかむ。
「……ふざけたもんを見せつけてくれたじゃねぇか」
 美しいその顔に、凄絶で凶悪なほほえみを浮かべて彼は言いきった。
「たっぷり痛めつけてやる……後悔するんだな」



 大きな鏡に映った銀髪の男――自分の姿がゆらりと揺らぐのをロスはぼんやりと眺めていた。
 手に入れたのは、不死身に近いこの躯。
 失ったのは、決して何にも代えることのできない大切な人たち。
 腕を伸ばし、手のひらが鏡に触れる。
 ビシリ、と音を立てて中央から亀裂が走った。
 欠片のひとつに、金髪碧眼の明るく笑う男の顔が浮かんで消えた。
 もう、何も失うものはない。
 ――違う。
 失うわけには、いかない。これ以上は――!
 敵の炎がロスの姿を捉え、うなりを上げて飲み込んだ。

「炎のお兄さん――!?」
 幻術が解かれ、ロスの危機を目撃したれみのが叫んだ。
 燃え盛る炎の塊は人の形をかたどる。
 火遁の術を操る男、『炎の嘉平』は笑った。
「いくらなんでも、助かりはしまい!! ははは――」
 嘉平の笑顔が、すぐに凍りつく。
 ロスを飲み込んだはずの炎が、黄金に輝きゆらめきながら人の形を作る。
 やがて姿を現す銀髪の男――炎は彼へと吸い込まれるように、音もなく消えうせた。
「うわぁぁ!?」
 思わぬ事態に錯乱した嘉平は再び火遁の術を発動する。ロスを狙い、伸びる炎の帯。
 みじろぎもせず、真正面からみすえる”フェニックス”と呼ばれる男の背後から、火山のように火柱が上がった。うなりをあげて螺旋を描き、高らかに飛翔する――龍のごとく。
 ものすごいスピードで襲いかかり、あっと間に火遁の術を術者ごと喰らってしまった。

「……すご……」
 目の前で起こるあまりに非現実的な戦いぶりに、れみのはただただ感嘆する。
「ラスボスのくせに小賢しいヤロウだ……たっぷり痛めつけてやる。地獄で後悔するんだな」
 舌なめずりをしてシャノン。両手に銃を持っているところを見ると、まったく手加減する気はないらしい。
「……許さない」
 言葉短く静かな怒りを色素の薄い灰色の瞳に宿してロス。
 じりじりと詰め寄るムービースターたち……が、振り返った頭領のなりに、ふたりの目は点になる。
 忍者軍団最強にして最悪の男、一貫斎(41)。
 彼のずきんからにょきりと長くふさふさな白い耳が生えていたのだ。
「……うさぎ耳?」
 呆然としてつぶやくシャノン。
「…………っ」
 ひきつるロス。
「わたくしの特製新薬、大成功ですわね♪」
 うふふ、と小躍りするのは魔法薬師のファーマ。
「こ、小娘っ!! 拙者に何をしたぴょん!?」

 ――ぴょん!?

 どうか、今の語尾が聞き違いであってほしいと、全員が願った。しかし、現実というものは残酷なのである。
「ファーマ会心の作、最新薬『ウサギタンG』を注射させていただきましたのよ♪ むさ苦しいおっさんがうさぎさんの愛らしさでみごとに相殺されてますわ〜」
 満足そうに説明するファーマであるが、その場にいた全員が納得できない。
 相殺、されてない。むしろ――
「視覚への暴力?」
 図らずも思わず、といったようにつぶやいてしまったロスは、ちょっと後悔したように下を向いた。
「あのファーマちゃん……うさぎ薬『G』って?」
「Gは語尾のGですわ」
 ――ああ、”ぴょん”ね。
「……と、とにかくっ、ウサギだろうがパンダだろうが、このおっさんをフィルムにしたら任務は完了だ!」
 トリガーに指をかけるシャノンに、いつの間にか幻術から立ち直ったクラスメイトP(実は誰よりも打たれ強い男)が叫んだ。
「ま、待ってください!! 折角、みんな一緒に映画の世界から、この街に実体化できたんだから――」
「だから?」
 バンパイアハンターの鋭い瞳に睨まれ、Pはしどろもどろに小さな声で言った。
「ええっと……その……仲良く、しませんか?」
「まあま! Pさまってばお優しいですわね」
 パシンと両手のひらを合わせて、ファーマが一貫斎に提案する。
「この機会に改心したらいかが? もう2度とニンジャさまとレミさまを襲わないと約束していただけたら、あなたの部下の方々に薬を分けて差し上げますわよ?」
「うぬぅ……だぴょん」
 数十秒、考え込んだ後、背に腹は変えられん(ぴょん)と忍者の頭領はため息をついた。
「服部兵馬。互いの主がみつかるまでの間、休戦といこうではないかぴょん」
「……他でもない、恩人殿の提案だ。心得た」
 頷いた服部青年の横で、突然れみのが叫んだ。
「すごいわ、ムービースターって!」
 目が、きらきらしている。
「助けていただいたお礼と言ってはなんですが、ぜひこれからうちの店に来てください☆」
「店?」
「うち、駅前で居酒屋営んでいるんです」
「まあ、素敵ね。ミヒャエル王子、お呼ばれしちゃいましょ」とファーマ。
「駅前の居酒屋って……ああ!? もしかして、ホホエミダ――」
 言いかけたクラスメイトPの口を思い切りふさいで、
「きゃーーー!! Pさまっ! その話は、また後でっ! ね? ね!?」
 言い含める女子高校生、加来れみの。
 あまりの必死な形相に、Pはコクコクと頷いた。
「さっ、シャノンさん、ロスさん! こっちです♪」
 営業スマイル全開のれみのに、ロスは押されて黙り込み、シャノンは露骨に嫌な顔をした。
「礼などいらん。報酬なら対策課から出るからな」
「そんなー、ムービースターのお話たくさん聞かせてください」
 ここで、ぐっと声を落としてれみのはニヤリと耳打ちする。
「いいバーボン、揃ってますよ」
 ぴくり、とシャノンの形の良い眉が動く。
「……まあ、よかろう」
「キマリですね! ムービースターさま、5名ごあんなーい☆」
 居酒屋の店員よろしく言った少女に、「あの……」と服部兵馬は小声でたずねた。
「5名って……私も入っているのですか?」
「ええ、当然」
 さもあたりまえ、というように彼女は答える。
「しかし、私は助けていただいただけで、何も――」
「銀幕市に来たばっかりで、何にもわからないでしょ? とりあえず、うちに来ればいいじゃないですか」
 とてもおおっざっぱな見解ではあるが、その通りだ。
 確かに、自分はこのギンマクシのことが何もわからない。うかつに動けば、また死にかけかねないような気がした。
「ウサギのおじさんも、部下の人たちの手当てが済んだらいらっしゃいよ」
 さすがに、この発言には先ほど立ち回ったばかりのムービースターたちはギョッとするが、れみのはきっぱりと言い切った。
「昨日の敵は、明日のお客さま! それに、みなさんがいてくれたら大丈夫――ですよね?」
 ニカリと笑って、ちゃっかりと付け足す。
 ムービースターたちは、苦く笑って互いの顔を見合わせた。
「ふん……酒の味しだいでは、考えてやろう」と尊大に言ってのけるシャノン。
「できる範囲内で、お役に立ちます」どこまでも謙虚にクラスメイトP。
「今日採取した血液サンプルを有効利用するチャンスですわね」天使のようにほほえんで、悪魔のような発言をするファーマ。
「…………」無言ではあるが、ロスの冷たい色の灰の瞳が優しく笑った気がした。

 これまで、主を守ることに徹する人生を歩んできた服部兵馬は、初めて守られる立場になって、感動を覚えていた。
 ――ひとりじゃないって、素敵なことだ。
 『むーびーすたー』と呼ばれる彼らのことを、もっと知りたいと思う。
「レミどの。不肖、服部兵馬――あなたにお供いたします」

 これから先、彼は加来家に居候することになる。
 しかし、この商人魂炸裂な女子高校生に振り回され、散々な銀幕市ライフを送ることになろうとは夢にも思わないのであった――。



クリエイターコメントご参加ありがとうございます、平岡です。

トラウマとヨ○様とうさぎ――いつの間にか、変な三題噺みたいに書かれました、今回のシナリオ。
お届けするのが遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
そして、ネタの意味わからないよ、と言われれば返す言葉もありません。
何を書いても言い訳にしかならない感じですので、もう、後のことはよろしければメールくださいませ。

れみのは、居酒屋の娘です。看板娘というより、むしろ店長代理です。
以降、私のシナリオはこの居酒屋(ものすごい赤字経営)を軸に進めるつもりです。

参加者様、例によって、キャラ崩してたら、すみません。
改めて、ご参加いただきありがとうございました。
公開日時2007-03-04(日) 14:20
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